この広場は長方形をしており、北側では市庁舎の建物の一部が斜めに接しています。広場の主要部分は、2種類のサイズの鉄筋コンクリート製スラブ(床板)で舗装されています。広場内には、リフレクティング・プール(水鏡の池)、平和の庭園、常設ステージ、そしてヘンリー・ムーア作の「スリー・ウェイ・ピース No.2:アーチャー(弓を引く人)」を含むいくつかの彫刻が設置されています。広場の外周には、コンクリート製の高架歩道が巡らされています。歩道の外側には木々が植えられた芝生が広がり、オスカー・ネモン作のウィンストン・チャーチル卿の像(1977年頃)やローマ時代の円柱など、様々な記念碑やモニュメントが点在しています。広場の地下には、世界最大級の地下駐車場が設けられています。2012年には、装飾や冷却を目的として、床板の間にライトアップ機能付きの「消える」噴水が設置されました。この広場はトロント市の所有地であり、全域で禁煙となっています。
コンクリート製の高架歩道は、市庁舎の屋上と同じ高さにある基壇(ポディウム)部分と接続し、広場の外周を囲むように延びています。歩道と広場の地面は、数か所に設けられた階段で結ばれています。南側では、歩道がクイーン・ストリートを跨いでシェラトン・ホテルへと続いています。西側では、常設ステージの背面(大階段としても機能する部分)と接続しています。なお、この歩道は冬季には閉鎖されます。
「平和の庭園」は、広島への原爆投下を追悼するとともに、「世界平和の原則に対するトロント市民の決意」を示すものとして作られました。庭園の南端にある日時計は、この平和記念施設よりも古くからあるものです。「奉仕の機会に感謝して(In appreciation of the opportunity to serve)」という言葉が刻まれたこの日時計は、1969年に設置されたもので、G.R.ジョンソンが設計(H.H.ロジャースおよびジョン・C・パーキンとの協議による)し、当時の市長ネイサン・フィリップスからトロント市民に寄贈されました。15年後、市の創設150周年記念行事の一環として、当時のカナダ首相ピエール・トルドーが「ピース・ガーデン(平和の庭)」の起工式を行いました。この庭園は、既存の日時計のすぐ北側に位置し、その日時計を庭園の一部として取り込む形で設計されました。
面積600平方メートルのこの庭園は、パビリオン、噴水、そして周囲の植栽で構成されています。パビリオンは石張りの立方体で、四方にアーチ型の開口部があり、屋根は傾斜屋根となっています。建物の角の一部はあえて崩したような形状になっており、これは紛争や文明の脆さを表現しています。噴水の池はこの欠けた角の部分に入り込むように配置され、水面には「永遠の炎」が灯されています。この炎は、希望と再生を象徴すると同時に、パビリオンの構造を支えているかのように見えるよう配置されています。ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が広島の「平和の火」から採った火種でこの炎を灯し、長崎を流れる川の水を池に注ぎ入れました。この記念碑全体は、1984年10月にカナダ女王エリザベス2世によって正式に奉献されました。広場の再設計に伴い、ピース・ガーデンは広場の中央から西端へと移設されました。
広場の南東の角には、リフレクティング・プール(水鏡の池)が設けられています。この池には 3つのコンクリート製アーチが架かっています。これらは当初、建築上の装飾およびスケートリンクの照明を支える構造物でしたが、1989年に「フリーダム・アーチ(自由のアーチ)」として捧げられ、自由を獲得または守るために戦った人々を称えるものとなりました。同時に、中央のアーチの南側の基部には、ベルリンの壁の一部が設置されました。池の西側には軽食を提供するパビリオンがあり、冬期に池がスケートリンクとして利用される際には、アイススケート靴の貸し出しも行われています。
市の「真実と和解」への取り組みの一環として、広場には「スピリット・ガーデン(精神の庭)」が設けられました。ここには、かつてオンタリオ州に存在した 18の寄宿学校(先住民同化政策のための学校)の名を記した記念碑が設置されています。また、アニシナベ族の芸術家ソロモン・キングが制作した亀の彫刻や、「スリー・シスターズ(三姉妹)」を題材にした芸術作品も展示されています。その他に設置されているものとして、ティーチング・ロッジ、イヌクシュク、スピリット・カヌー、ワムパム・パスなどがあります。