ストロッツィ宮殿地図(Map of Palazzo Strozzie, Florence, Tuscany Region, Italy)
地図サイズ:540ピクセル X 580ピクセル
ストロッツィ宮殿 建物の概要
ストロッツィ宮殿(パラッツォ・ストロッツィ)は、メディチ宮殿に着想を得つつも、より調和のとれたプロポーションを持つ、ルスティカ(粗面仕上げ)の石積みを用いた都市型邸宅建築の好例です。街角の敷地に建ち、通りに面するのが 2面のみであったメディチ宮殿とは異なり、この建物は四方を通りに囲まれた独立した構造となっています。この立地条件は、ルネサンス建築において新たな課題を提起しました。それは、内部の平面構成における対称性が強く求められるようになった中で、いかにして「十字軸(交差する軸線)」を統合するかという点です。ストロッツィ宮殿の平面図は、2つの軸線に対して厳密な対称性を保っており、主要な部屋の規模も明確に区別されています。
この宮殿には、中央に方立(ほうだて)を持つ二連窓(ビフォーレ)が設けられています。アーチの放射状に並ぶ楔石(くさびいし)は、頂点の要石(かなめいし)に向かって長さを増していく形状をしており、このディテールは、後のルネサンス・リバイバル様式において、ルスティカ仕上げの壁面にアーチ窓を設ける際の模範とされました。建物を際立たせている巨大なコーニス(軒蛇腹)は、当時のフィレンツェの宮殿建築に典型的なものです。
1504年まで建設の指揮を執ったシモーネ・デル・ポッライオーロ(通称イル・クロナカ)の手によって、この宮殿は未完のまま残されました。ミケロッツォの様式に着想を得た、アーケード(列柱廊)に囲まれた中庭(コルティーレ)もまた、クロナカによる設計です。
建物を飾る「フェッロ(ferro)」と呼ばれる錬鉄製の装飾品も有名です。旗竿立てや松明(たいまつ)立て、馬つなぎの環、ランタン、壁掛け照明(スコンス)など、数多くの装飾品が宮殿の外観や建物の角を彩ると同時に、当時の実用的なニーズも満たしていました。これらの鉄製品は、「イル・カパッラ」の通称で知られる鍛冶職人、ニッコロ・グロッソによって制作されました。
この宮殿は 1937年までストロッツィ家の邸宅として使用されていました。その後、国立保険機構(Istituto Nazionale delle Assicurazioni)がこの建物を使用する際、大規模な改修が行われました。1999年に同機構からイタリア国家へ譲渡された現在、この宮殿は人文主義研究機関(Institute of Humanist Studies)およびストロッツィ宮殿財団(Fondazione Palazzo Strozzi)の拠点となっています。また、G.P.キャビネット(Gabinetto G.P.)も... 1940年以来、この建物にはヴィエッスー研究所(Gabinetto Vieusseux)とルネサンス研究機関(Istituto Nazionale del Rinascimento)も入居しています。現在、この宮殿はファッションショーなどの国際的な催しや、「フィレンツェのセザンヌ:二人の収集家と1910年の印象派展」といった文化・芸術イベントの会場として利用されています。また、ここにはルネサンス国立研究所や、図書室・閲覧室を擁する著名なヴィエッスー研究所の拠点も置かれています。