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バーデン=ヴュルテンベルク州
マンハイム地図
マンハイム(ドイツ語/英語:Mannheim、プファルツ語:Mannem または Monnem)、正式名称「大学都市マンハイム(ドイツ語:Universitätsstadt Mannheim)」は、ドイツ南部にあるバーデン=ヴュルテンベルク州において州都シュトゥットガルトに次ぐ第2の都市(郡独立市)です。人口 30万人を超え(2024年12月31日現在では人口 318,035人、2010年12月31日時点では人口 313,174人)、ドイツ全体では第21位の人口規模を誇る都市です。ラインラント=プファルツ州との州境に位置し、人口約 240万人を擁するドイツ第7位の都市圏「ライン・ネッカー大都市圏(Rhine-Neckar)」の文化的・経済的中心地となっています。面積 144.96平方キロメートル(55.97平方マイル)、海抜 97メートル(318フィート)、北緯 49度29分16秒 東経 8度27分58秒です。
マンハイムは、バーデン=ヴュルテンベルク州北西部のクルプファルツ(プファルツ選帝侯領)地域に位置し、ライン川上流とネッカー川の合流点にあります。ドイツで最も温暖な地域であるライン川上流平野にあり、プファルツの森とオーデンヴァルト(オーデン・の森)に挟まれた場所に位置しています。マンハイムは、ラインラント=プファルツ州のルートヴィヒスハーフェン・アム・ラインと一体となって人口約 50万人の都市圏を形成していますが、北部の郊外地域の一部はヘッセン州に属しています。ドイツ国内で、自州以外の州にもまたがって市域が広がっている都市は、ハンブルクとマンハイムの 2つだけです。
ドイツの都市としては珍しく、マンハイム中心部の通りや大通りは碁盤の目状(グリッド状)に整備されています。そのため「クヴァドラテシュタット(Quadratestadt:正方形の街)」という愛称で呼ばれ、「Leben im Quadrat(正方形の中の暮らし)」という観光スローガンも掲げられています。また、中心部の通りの多くには固有の名称がなく、代わりに街区(ブロック)がアルファベットと数字の組み合わせで呼ばれています。この区画システムの南端に位置するのがマンハイム城です。かつてはプファルツ選帝侯の居城でしたが、現在はマンハイム大学の校舎として使用されています。市のシンボルはマンハイム給水塔で、1886年に完成しました。アール・ヌーヴォー様式のフリードリヒス広場にそびえ立ち、高さは 60メートル(200フィート)に及びます。毎年開催される「マンハイム・マイマルクト(5月市)」は、ドイツ最大級の地域消費者向け見本市として知られています。マンハイムは、自動車、自転車、トラクターなどの発明で知られ、「発明の街」という愛称で呼ばれています。また、同市は史上初の長距離自動車走行のルートをたどる「ベルタ・ベンツ・メモリアル・ルート」の起点および終点でもあります。
1896年以来「グロースシュタット(人口 10万人以上の主要都市)」であるマンハイムは、重要な工業・商業都市であり、大学街でもあります。さらに、フランクフルト・アム・マインとシュトゥットガルトの間に位置する主要な交通の要衝として、ICE(高速列車)の結節点(マンハイム中央駅)、ドイツ第2位の規模を誇る操車場(マンハイム操車場)、そしてドイツ最大の河川港(マンハイム港)を擁しています。同市には、ロシュ、ABB、IBM、シーメンス、ユニリーバといった大手企業の工場、オフィス、本社が拠点を置いています。マンハイムにある「SAPアリーナ」は、ドイツのアイスホッケー界で最多優勝記録を持つ「アドラー・マンハイム」や、人気のハンドボールチーム「ライン=ネッカー・レーヴェン」の本拠地となっています。2014年からはユネスコ創造都市ネットワークに加盟し、「ユネスコ音楽都市」の称号を有しています。2020年には、GaWC(Globalization and World Cities Research Network)により、グローバル・シティの格付けにおいて「サフィシェンシー(Sufficiency:充足)」の都市に分類されました。マンハイムはスマートシティでもあり、市内の電力網には電力線通信ネットワークが導入されています。
マンハイム イメージ(旧市庁舎と聖セバスティアン教会(St. Sebastian))
マンハイム 観光
マンハイム国立劇場は 1779年に設立され、ドイツで最も歴史のある劇場の一つです。1782年には、フリードリヒ・シラー作の「群盗(Die Räuber)」が初演されました。
近年では、オストシュタット劇場(Oststadt-Theater)、TIG7(Theater im Quadrat G7)、テアター・オリフ(Theater Oliv)、フライリヒトビューネ(Freilichtbühne)、テアター31(Theater31)、テアター・インパルス(Theater ImPuls)、テアター・フェリーナ・アレアール(Theater Felina-Areal)、マンハイマー・プッペンシュピーレ(Mannheimer Puppenspiele)、クラインクンストビューネ・クラップスムール(Kleinkunstbühne Klapsmühl')、シャッツキストル(Schatzkistl)、ツァイトラウムエグジット(zeitraumexit)など、小規模な劇場も次々とオープンしています。
マンハイムは数多くの重要な発明の発祥地であり、以下のものが知られています。
- 1817年、カール・ドライスが史上初の自転車となる二輪の「ドライジーネ」を製作しました。
- 1886年、カール・ベンツがマンハイムの路上で史上初の自動車を運転しました。彼が製作したのは、単気筒ガソリンエンジンを搭載した三輪車です。1888年8月には、カールの妻であるベルタ・ベンツが、マンハイムからプフォルツハイムまでの往復(約 65マイルの道のり)という、自動車による世界初の長距離走行を行いました。
- 1921年、堅牢かつシンプルなディーゼルエンジンを搭載した人気のトラクター「ランツ・ブルドッグ(Lanz Bulldog)」が開発されました。
- 1923年、カール・ベンツはマンハイムにあるベンツ社(Benz & Cie.)の工場で、世界初の小型ディーゼル乗用車を開発しました。
- 1929年、ユリウス・ハトリーが世界初のロケット飛行機を製作しました。
- 1969年、イタリアからの出稼ぎ労働者であったダリオ・フォンタネッラが、「スパゲッティアイス(Spaghettieis)」を発明しました。
マンハイムには、全国的に有名なサッカークラブが 2つあります。SVヴァルトホーフ・マンハイムは現在、3部リーグにあたる「3. リーガ」でプレーしていますが、かつては 1部リーグの「ブンデスリーガ」に所属していました。1949年にドイツ選手権で優勝したVfRマンハイムは、現在6部リーグの「フェアバンツリーガ・バーデン」でプレーしています。
アドラー・マンハイム(旧称:MERC、マンハイマー・アイス・ウント・ロールシュポルト・クラブ)は、プロのアイスホッケーリーグである「ドイツ・アイスホッケー・リーガ(DEL)」に所属するチームです。同チームはこれまでにドイツ選手権で計 8回(DELで 7回、旧ブンデスリーガで 1回)優勝しています。
同市には、ドイツで現存する最古の野球・ソフトボールクラブである「マンハイム・トルネードス」が拠点を置いています。トルネードスは野球の「ブンデスリーガ」1部でプレーしており、最多となる11回の優勝を誇ります。
2003年には、アメリカンフットボールクラブ「ライン=ネッカー・バンディッツ」が設立されました。同チームはドイツのアメリカンフットボールのトップリーグである「ジャーマン・フットボール・リーグ(GFL1)」でプレーしています。2018年時点で、各試合の観客数は 500人から 900人ほどとなっています。
「ライン=ネッカー・レーヴェン」は、プロのハンドボールリーグである「ドイツ・ハンドボール・リーガ(HBL)」に所属するチームで、ドイツ選手権で 2回優勝しています。
2008年にはWWEがマンハイムで興行を行い、約 1万人のファンが来場しました。
UFCファイターのデニス・シヴァーは、マンハイムに居住し、同地でトレーニングを行っています。マンハイム・マイマルクト・トーナメント(Maimarkt-Turnier Mannheim)は、1964年以来、マンハイム・マイマルクト(マンハイム春季見本市)の期間中に開催されている国際的な馬術大会です。マンハイムでは、1997年にヨーロッパ障害馬術選手権が、2007年にはFEIヨーロッパ障害馬術選手権が開催されました。
2002年には、マンハイムでホビーホース・ポロが考案されました。
ドイツにおけるマンハイムの位置が判る地図
地図サイズ:360ピクセル X 480ピクセル
マンハイム 歴史(第二次世界大戦から現在まで)
第二次世界大戦中、マンハイムへの空襲により市街地は完全に破壊されました。同市は、イギリス空軍(RAF)およびアメリカ陸軍航空軍(USAAF)による爆撃で甚大な被害を受けました。連合国軍による夜間の面爆撃(エリア・ボム)で市街地は壊滅し、数千人の市民が犠牲となりました。その間、マンハイム在住のユダヤ人2,262人がナチスの強制収容所へ送られました。一部の資料では、1940年12月16日に行われたイギリス空軍の夜間爆撃が、この戦争における最初の意図的な戦略爆撃であったとされています。現在、市内の建物の約 3分の 1は 1950年以前に建てられたものです。
1945年3月下旬、ドイツへの連合国軍の地上進撃がマンハイムに到達しました。同市はドイツ軍によって強固に防衛される可能性がありましましたが、ドイツ軍は市を放棄し、1945年3月29日、抵抗を受けることなく米軍第44歩兵師団が入城しました。その後、マンハイム地域には最大10か所の兵舎が置かれ、米軍が大規模に駐留しました。最初の兵舎は 2007年に閉鎖され、最後の兵舎は 2013年に閉鎖されました。
戦後、市内の大部分で再建が必要となりました。マンハイム城や給水塔(ヴァッサー・トゥルム)は復元されましましたが、国立劇場は新しい場所に移転・新築されました。旧劇場の跡地には現在、フリードリヒ・シラーの記念碑がある公園が整備されています。住宅不足を解消するため、多くの新しい住宅地が開発されました。
1964年、市立病院(シュテットィッシェス・クランケンハウス)は、マンハイムにおけるハイデルベルク大学の臨床医学部門の一部となりました。1967年には、同市にマンハイム大学が設立されました。
1975年、ルイーゼン公園とヘルツォーゲンリート公園を会場として、連邦園芸博覧会(ブンデスガルテンシャウ)が開催されました。この博覧会に合わせて多くのインフラが整備され、通信塔やライン川に架かる2本目の橋(クルト・シューマッハー橋)の建設、市街地の歩行者専用区域の設置、新しい会議センター「ローゼンガルテン」の開設、そして一時的な交通システムとしての「エアロバス」の導入などが行われました。1980年代から 1990年代にかけて、プラネタリウム、美術館の増築、ライス博物館(Reiß Museum)、シュタットハウス(Stadthaus)、新しい「マイ・マルクト(May Market)」の会場、シナゴーグ、モスク、技術・労働州立博物館、カール・ベンツ・スタジアム、ファーラッハ・トンネル(Fahrlach tunnel)など、数多くの主要プロジェクトが完了し、施設が開設されました。
かつて製造業が経済の中心を占めていたマンハイムでは、多くの産業関連の雇用が失われました。市は以前、特定の場所を工業地域に指定することでサービス業者の進出を抑制しようとしたこともありました。現在の傾向を象徴する好例として、2001年に鉄道用地に建設された「ヴィクトリア・タワー(Victoria-Turm)」が挙げられます。これは同市で最も高いビルの一つです。
2001年、市立病院は正式かつ法的に「マンハイム大学病院(University Hospital Mannheim)」へと名称が変更されました。
1606年3月17日にプファルツ選帝侯フリードリヒ4世がマンハイム要塞の礎を築いてから 400年となる2006年を記念し、マンハイム市は 2007年を通じて一連の文化イベントなどを開催しました。この記念行事に向け、2000年から都市整備事業が実施されました。具体的には、市の新しい東部環状道路に接続する「SAPアリーナ」の建設、ブライテ通り(Breite Straße)の歩行者専用エリアや旧兵器庫(Arsenal)、宮殿の改修、旧見本市会場の全面的な再開発、そして新しいシャーフヴァイデ(Schafweide)路面電車路線の敷設などが行われました。記念事業のコンセプトは、単一のメインイベントを行うのではなく、多岐にわたるイベントを展開することです。
2023年、マンハイムは 1975年に続き、再び「連邦庭園博覧会(Bundesgartenschau 2023)」を開催しました。
2024年5月31日、マルクト広場で開催されていた反ジハード団体BPEの集会において、無差別刺傷事件が発生しました。この事件で警察官1名が死亡し、ゲスト登壇者のミヒャエル・シュトゥルツェンベルガー氏を含む6名が負傷しました。容疑者はイスラム主義的な動機による犯行であることを認めました。この攻撃は、イスラム教を批判していたシュトゥルツェンベルガー氏の暗殺を狙ったものです。2025年3月3日、パラーデプラッツ(Paradeplatz)にて、車が故意に群衆に突っ込みました。この事件で歩行者2人が死亡し、14人が負傷しました。精神疾患の既往歴に加え、暴行やヘイトスピーチでの有罪判決歴もある容疑者は、犯行の動機について語ることを拒否しました。
マンハイム 気候
マンハイムの気候は、温暖な海洋性気候(ケッペン気候区分:Cfb、トレワサ気候区分:Dobk)に属しています。同市は、ドイツ国内で最も夏が暑い地域の一つである「ライン地溝帯(Rhine Rift)」に位置しています。観測史上最高気温は、2026年6月27日に観測された 40.0℃(104°F)です。
ドイツの他の地域と比べると、マンハイムは夏場の湿度が高く、それによって体感温度(熱指数)も高くなります。寒冷な時期であっても、降雪は稀です。降水は主に温暖な時期の午後の雷雨によってもたらされます(年間の雷雨日数は平均40~50日)。この地域の気候は最高気温と最低気温の差が穏やかで、年間を通じて十分な降水量があります。また、冬の気温はドイツ国内でも高い部類に入ります。
マンハイム 交通機関
マンハイム/ルートヴィヒスハーフェン地域は、北のフランクフルト、南のカールスルーエ、西のザールブリュッケン、東のニュルンベルクとを結ぶ高速道路網に囲まれています。
マンハイム中央駅は、マンハイム・シュトゥットガルト高速鉄道路線のターミナルであり、ドイツ南西部における最も重要な鉄道の結節点です。同駅には、フランクフルト・アム・マイン~ベルリン、カールスルーエ~バーゼル、シュトゥットガルト~ミュンヘンを結ぶ高速列車ICE(インターシティ・エクスプレス)が乗り入れています。既存のマンハイム~フランクフルト間の鉄道路線の混雑緩和を目的として、フランクフルトへの新たな高速鉄道路線の建設も計画されています。
マンハイム港はドイツで 2番目に大きな河川港であり、その面積は 1,131ヘクタールに及びます。2016年には、水上輸送において690万トンの貨物が取り扱われました。同港には約 500社が拠点を置き、約 2万人の従業員が働いています。
フランクフルト国際空港は北へわずか65キロメートル(40マイル)の距離にありますが、マンハイム市営空港(IATAコード:MHG)からは、過去にロンドン、ドレスデン、ベルリン、ハンブルク、ミュンヘン、ザールブリュッケンへの定期旅客便が運航されていた時期もありました。現在は、ジルト島への商業旅客便が運航されています。
マンハイムの地域公共交通機関としては、ライン・ネッカーSバーン、11系統の路面電車(トラム)、およびライン・ネッカー交通会社(RNV)が運営する多数のバス路線があります。
2003年に開設されたライン・ネッカーSバーンは、プファルツ地方、オーデンヴァルト地方、ヘッセン州南部への路線を含め、ライン・ネッカー地域の大部分を網羅しています。S5系統を除くすべてのSバーン路線がマンハイム中央駅を経由します。市内のその他のSバーン駅には、マンハイム操車場駅(Mannheim-Rangierbahnhof)、マンハイム・ゼッケンハイム駅、マンハイム・フリードリヒスフェルト・ズート駅があります。
軌間 1,000ミリメートル(メーターゲージ)のマンハイム/ルートヴィヒスハーフェン統合路面電車網は、ハイデルベルク方面にも広がっています。この路線網はRNVによって運営されており、同社はこれら 3都市およびプファルツ地方のその他の自治体が出資して設立された企業です。RNVは、2009年10月1日に同地域の旧市営交通事業者5社が合併して発足しました。同社は、かつてオーバーライン鉄道会社(OEG)によって開設されたマンハイム、ハイデルベルク、ヴァインハイムを結ぶ三角形のルートで都市間路面電車を運行しているほか、バート・デュルクハイム、ルートヴィヒスハーフェン、マンハイムを結ぶ路線の運行も行っています。1970年代には、マンハイムとルートヴィヒスハーフェンの路面電車網をベースに地下鉄(Uバーン)を建設する計画が持ち上がりましましたが、資金不足により一部区間が建設されたにとどまりました。マンハイム市内に地下駅はダルベルクシュトラッセ(Dalbergstraße)駅の 1か所しかなく、現在、地下鉄建設の計画は中止されています。すべての公共交通機関は、ライン・ネッカー交通連合(VRN)が定めた統一運賃で利用できます。
このマンハイムは、ハイデルベルクから北西へ15キロメートル、カールスルーエから北へ53キロメートル、フランクフルトから南へ71キロメートル、シュトゥットガルトから北西へ91キロメートルの場所に位置しています。
バーデン=ヴュルテンベルク州におけるマンハイムの位置が判る地図
地図サイズ:400ピクセル X 460ピクセル
マンハイムの交通機関と観光名所
- マンハイムの交通機関
- マンハイム中央駅 / Mannheim Hauptbahnhof (Mannheim Hbf)
- マンハイム・シティ空港 / Mannheim City Airport:定期便なし、マンハイム市街中心部のマルクト広場から南西へ約4キロメートル、地図外右下
- マンハイムの観光名所
- 選帝侯宮殿(マンハイム宮殿) / Barockshloss Mannheim:1720年から1760年にかけて建てられ、ドイツ最大(ヨーロッパ全体でも2番目の大きさ)のバロック様式宮殿でしたが、第2次世界大戦で完全に破壊され戦後に再建されました。マンハイム大学の本館としても使用されています。
- シュロスミュージアム(城館博物館) / Schlossmuseums
- シュロス教会 / Schlosskirche
- シュロスガルテン(宮殿庭園) / Shlossgarten
- フリードリッヒ広場(フリードリッヒスプラッツ) / Friedrichsplatz:ドイツで最も完成度が高いとされるネオバロック様式とアールヌーボーの広場です。
- 給水塔(ヴァッサートゥルム) / Wasserturm:19世紀末に建築
- マンハイム美術館 / Kunsthalle Mannheim
- ローゼンガルテン / Rosengarten
- パークホテル・マリティム / Parkhotel Maritim
- パラーデ広場(パラーデプラッツ) / Paradeplatz
- マルクト広場(マルクトプラッツ) / Marktplatz
- 聖セバスティアン教区教会 / Pfarrkirche St. Sebastian:1723年完成、マンハイム最古のカトリック教会
- 旧市庁舎 / Alte Rathaus
- 市庁舎(ラートハウス) / Rathaus
- ライス・エンゲルホルン博物館 / Reiss-Engelhorn-Museen:市立美術館(マネ、ゴッホ、ムンクなどの作品を展示)、世界文化博物館、写真コレクションなどから構成されている複合博物館
- バッサーマンハウス(音楽と芸術の家) / Bassermannhaus für Musik und Kunst:所在地 C4, 8ブロック
- 考古学と世界文化の博物館 / Museum Weltkulturen:所在地 D5ブロック
- 芸術史・都市史・演劇史のツォイクハウス博物館 / Museum Zeughaus:所在地 C5ブロック
- シラーハウス博物館 / Museum Schillerhaus:所在地 B5, 7ブロック
- ツェーファー(写真コレクション) / ZEPHYR – Raum für Fotografie:所在地 C4, 9ブロック
- 国際芸術・文化史研究所 / Zentrum für internationale Kunst- und Kulturgeschichte:所在地 C4ブロック
- クルト・エンゲルホルン・センター / Curt-Engelhorn-Zentrum gGmbH Archäometrie – An-Institut der Universität Tübingen:テュービンゲン大学の外郭研究所(考古学年代測定機関)、所在地 D6ブロック
- シラー広場(シラープラッツ) / Schillerplatz
- イエズス教会 / Jesuitenkirche:選帝侯の宮廷教会としてダ・ビビエーナの設計に基づき建築された教会(1760年完成)
- マンハイム国民劇場(ナツィオナルテアター) / Nationaltheater Mannheim:1779年に建設され、自治体が運営する劇場としてはドイツ最古の歴史がある劇場
- ルイーゼン公園 / Luisenpark:広さ41ヘクタールの市立公園
- マンハイム通信塔(フェルンメルデットゥルム) / Fernmeldeturm Mannheim:高さ 212.8メートル
- 文化センター(旧消防署) / Kulturzentrum (Alte Feuerwache):ネッカースタット地区東部
- 州立ポップアカデミー / Popakademie Baden-Württemberg
- 技術と労働の州立博物館 / Landesmuseum für Technik und Arbeit:マンハイム市街中心部から南東へ約3km
- SAPアレーナ / SAP-Arena:アイスホッケーDEL「アドラー・マンハイム(旧マンハイマーERC)」とハンドボール・ブンデスリーガ「ライン・ネッカー・レーヴェン」の本拠地、マンハイム市街中心部から南東へ約5キロメートル、地図外右下
- 聖アレクサンドル・ネフスキー教会 / Kirche St. Alexander Nevskij:ロシア正教会
- コンコルド教会 / Concorde Kirche:ネオバロック様式の教会(プロテスタント教会)、塔屋は高さ92メートルあり、教会としてはマンハイムで一番高い建物
- マンハイム・ミュージックパーク / Musikpark Mannheim
マンハイム地図(Map of Mannheim, Baden-Wurttemberg state, Germany)、Google Map
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