サン・フアン・デ・ロス・レイエス修道院(サン・フアン・デ・ロス・レージェス修道院、スペイン語:Monasterio de San Juan de los Reyes、英語:Monastery of Saint John of the Monarchs(もしくは Monastery of San Juan de los Reyes)、「カトリック両王の聖ヨハネ修道院」という意味)は、スペイン中南部のカスティーリャ・ラ・マンチャ州トレドにある、イサベル様式のフランシスコ会修道院であり、カトリック両王によって建設(1477年~1504年)されました。
この修道院は当初「サン・フアン・デ・ラ・レイナ(San Juan de la Reyna)」と名付けられ、カトリック両王の霊廟として構想されました。しかし後に計画が変更され、1492年のグラナダ再征服を経て、両王は埋葬地としてグラナダを選ぶことになりました。
修道院の建設は、建築家フアン・グアスの設計に基づき1477年に始まり、1504年に完成しました。この修道院は福音記者聖ヨハネに捧げられ、フランシスコ会修道士によって使用されることとなりました。1809年、ナポレオン軍によるトレド占領の際に甚大な被害を受け、1835年には放棄されました。1883年に修復作業が開始されましましたが、完了したのは 1967年のことです。なお、1954年にはフランシスコ会へ修道院が返還されています。
サン・フアン・デ・ロス・レージェス修道院 建築
この修道院はイサベル様式の建築例の一つです。付属の教会はラテン十字の平面構成を持ち、短い翼廊、奥行きのある身廊(長さ約 50メートル、高さ 30メートル)、そしてドーム状のアーチの間に配置された側廊の礼拝堂(身廊の両側に各3つ、聖歌隊席の下に 2つ)を備えています。この教会は、鷲が「カトリック両王」の紋章を掲げている装飾で特に知られています。内陣には、かつてのサンタ・クルス病院から移された祭壇画(16世紀半ば)が飾られています。彫刻家フェリペ・ビガルニと画家フランシスコ・デ・コモンテスによるこの祭壇画は、キリストの受難と復活の場面に加え、サンタ・クルス(聖十字架)伝説にまつわる2つの場面を描いています。
回廊には小さな庭園が設けられています。1階部分の天井はドイツ式交差ヴォールトで構成され、聖人の像の間に動物や植物のモチーフが配されています。これらはすべて、20世紀にトレドの彫刻家セシリオ・ベハールによって制作されたものです。上層の回廊は 1526年に完成し、19世紀に修復されたもので、ムデハル様式の装飾が見られます。その天井はカラマツ材で作られ、カトリック両王の紋章やモチーフ、そして彼らのモットーである「タント・モンタ、モンタ・タント(Tanto monta, monta tanto)」が描かれています。この修道院の建設は、1476年のトロの戦いにおいて、アフォンソ5世とジョアン王子(後のジョアン2世)率いるポルトガル・カスティーリャ連合軍に勝利したことを記念し、イサベル女王とフェルナンド2世によって命じられたものと伝えられています。長年にわたるグラナダ征服戦争におけるキリスト教徒の勝利を象徴するものとして、花崗岩で造られた外観のファサードには、1494年の女王の命により、レコンキスタの過程で解放されたキリスト教徒の捕虜たちがかつて嵌められていた手枷や足枷が装飾としてあしらわれています。