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ニューデリー クトゥブ・ミナール


 クトゥブ・ミナール(英語:Qutb Minar、英語スペルでは「Qutub Minar」「Qutab Minar」と揺れがあります)は、インドデリー首都圏ニューデリー中南部にあり、トマール・ラージプート族(Tomar Rajputs)によって11世紀中盤に築かれたデリー最古の要塞都市ラル・コット(Lal Kot、別名:Qila Rai Pithora(キラー・ラーイ・ピトーラー城塞)、1052年~1060年建設)の跡地にあるクトゥブ複合施設を構成するミナレットと勝利の塔です。インドの南デリー、メラウリ地区にあるユネスコ世界遺産(文化遺産)「デリーのクトゥブ・ミナールとその建造物群(Qutub Minar and its Monuments, Delhi、1993年登録)」です。主に 1199年から 1220年の間に建てられ、399段の階段があり、市内で最も訪問者の多い遺産スポット(観光地)の一つです。 グーリ朝(Ghurid)によるこの地域征服以前のデリー最後のヒンドゥー教徒の支配者であったプリトヴィラジ・チャウハン(プリトヴィラジャ3世、Prithviraj Chauhan、1166年5月22日生~1192年12月没)を倒した後、 クトゥブ・ウッディーン・アイバク(Qutab-ud-din Aibak)は勝利の塔の建設を開始しましたが、第一層までしか完成させること事が出来ませんでした。それはこの地域におけるイスラム統治の始まりを示すものです。デリー・スルタン朝の歴代王朝は建設を続け、1368年にフィールーズ・シャー・トゥグルク(Firuz Shah Tughlaq、1309年生~1388年9月20日没、トゥグルク朝の第3代スルターン、在位:1351年~1388年))が上部を再建し、クーポラを追加しました。
 クトゥブ・ミナールの高さは、アフガニスタンのゴール州にある高さ 62メートルの全レンガ造りの「ジャームのミナレット(Minaret of Jam、1190年頃築、世界遺産)」に匹敵するものであり、デリーの塔が建てられる10年ほど前に建設されたと考えられています。両方の表面には碑文や幾何学模様が精巧に装飾されています。クトゥブ・ミナールには、各段の頂上に「バルコニーの下に見事な鍾乳石の支柱」が刻まれた竪穴構造があります。一般的に、インドではミナレットの建設年代は遅く、ミナレットが存在する場合でもメインのモスクから切り離されていることが多いです。
 近年、クトゥブ・ミナールは国際関係に関わる特別な機会にライトアップされるようになりました。2023年9月にはメキシコの 213回目の独立記念日を記念して記念碑がメキシコ国旗の色でライトアップされ、この出来事はインドのメキシコ大使館によって認知され感謝されました。同様に、10月30日にはトルコ共和国建国100周年を記念してクトゥブ・ミナールがトルコ国旗でライトアップされ、ニューデリーのトルコ大使館も特別な注目を集めた。
 
クトゥブ・ミナール イメージ
クトゥブ・ミナール
 
クトゥブ・ミナールへの最寄り交通機関は、ニューデリー地下鉄 イエロー・ラインのクトゥブ・ミナール地下鉄駅(Qutab Minar)、サケト地下鉄駅(Saket)などがあります。クトゥブ・ミナール駅からクトゥブ・ミナール入口まで徒歩 23分(1.6キロメートル)です。バスでは、34/334/356/413/427/463/493/0502/502/505/506STL/525STL/534/715/715A/725番のクトゥブ・ミナール バス停があります。
 
クトゥブ・ミナール地図(Google Map)
 

 
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