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クスコ市街


 クスコ歴史地区(スペイン語:Centro historicalo de Cusco, CHC、英語:Historic Centre of Cusco)は、かつてインカ帝国の首都であったペルー南東部内陸のクスコ県クスコ市の歴史的中心地です。歴史地区は 2つのエリアから構成されています。1つは 1972年にペルー政府によって設置された記念地区で、もう1つは記念地区内に位置し、1983年にユネスコによって「クスコ市街(スペイン語:Ciudad del Cusco)」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された地区です。マチュピチュ遺跡とともにペルー初の世界遺産となりました。2021年以降、ユネスコの青と白の盾が一部の建物に掲げられています。
 元々はインカ帝国の首都でしたが、1533年のインカ内戦の結果、スペイン帝国に占領されました。ペルー副王領の重要な都市中心地となり、1821年のペルー独立戦争中にリマが占領さ​​れた後は、副王領の首都となりました。共和国が成立した後、独立したペルーの首都リマに政治的中心は移りましたが、ペルーで最も重要な観光地の一つです。
 
クスコ市街 イメージ(アルマス広場のクスコ大聖堂(Cusco Cathedral))
クスコ市街
 
 この都市は元々、キルケ文化の拠点であり、西暦 900年から 1200年にかけてキルケの街がありました。その後、クスコ王国の首都として、また同名の都市として栄えました。その後、インカ帝国がクスコ王国に取って代わり、この都市はインカ帝国の首都となりました。インカ内戦の間、この都市はワスカルの支配下にあり、1532年のキパイパンの戦いの後、アタワルパの軍勢によって占領されました。その後まもなく、この都市はスペイン帝国に占領され、既存の多くの建物や構造物が破壊され、新たな建築物の基礎として利用されました。その結果、サンタクララ地区やサンブラス地区のように、インカとスペインの建築様式が融合した建築様式が生まれましましたが、都市の本来の空間構成は保たれていました。
 ペルー副王領時代、この都市は副王領南部と繋がる重要な都市中心地として機能しました。この時期には、トゥパク・アマルー2世の反乱や、1814年のいわゆる「政府フンタ」の反乱といった出来事がありました。ペルー独立戦争中は、リマがホセ・デ・サン・マルティンの軍に占領された後、1821年から 1824年にかけて、短期間副王領の首都となりました。独立後は、ペルー共和国の首都リマの影響に押されて政治的な影響力を失いました。太平洋戦争中はペルーの抵抗運動を支援する上で重要な役割を果たし、10年後には、当時の大統領アンドレス・A・カセレスと元大統領で政敵であったニコラス・デ・ピエロラとの間の内戦でも重要な役割を果たしました。
 1950年5月21日に大地震が発生し、市内の建物の 3分の 1以上が被害を受けました。スペイン人が建設した建物はインカ時代のものよりも被害が大きかったものの、地震で露出した旧コリカンチャの擁壁の石積みが再発見されました。神殿では、スペイン建築の完全性を損なうことなくインカ時代の構造を完全に復元するための修復工事が行われました。
 この都市は 1972年にペルー政府によって記念地域に指定され(1974年と1991年に拡張指定が行われました)、その後1983年にユネスコの世界遺産に登録されました。2021年には、インカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガの旧居に、都市初の青と白の盾(ユネスコ世界遺産を象徴する配色した盾)が追加されました。その後まもなく、市庁舎と市劇場にも盾が追加されました。2022年には、市の中央広場にあるカトリック寺院にさらに多くの盾が追加されました。2023年にはプレコロンビアン美術館にもう一つの盾が追加されました。
 
ペルーにおけるクスコの場所が判る地図(Map of Historic Centre of Cusco, Cusco City, Department of Cusco, Peru)
クスコ地図
地図サイズ:400ピクセル X 500ピクセル
 
クスコ市街地図(Google Map)
 

 
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