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万華区
西門紅楼
西門紅楼(せいもん こうろう、中国語繫体字:西門紅樓、英語:Red House Theater)は、台湾(中華民国)台北市万華区西門町に位置しています。日本統治時代の 1908年に近藤十郎の設計によるもので、八角形の建物(八角楼)と十字形の建物(十字楼)で構成されています。日本統治時代には西門市場の屋内市場として使用され、戦後の台湾では八角形の建物は公演会場として利用されました。現在、この建物は台北市の直轄市定古蹟であり、文化・創造の場や展示スペースとして機能しています。
清朝時代、西門町は元々、湿地帯であり、砂地のサツマイモ畑が広がる無数の墓がある墓地でした。後に劉銘伝は、万華の僧院(清水巖祖師廟)と結ぶ目的で新七街を開拓しました。日本統治時代、台北には既に台湾に渡来した日本人が溢れており、日本人は西門地区に土地を見つけて住宅を建設しました。1896年9月、西門市場が建設され、台湾に新たな市場が誕生しました。当時、台北の大稲埕と万華は台湾人の伝統的な商業地区でした。日本政府は市場の掌握に熱心で、主に台北に住む大陸からの移民の生活必需品を供給する西門市場に重点を置いていました。1906年、東京帝国大学建築学科を卒業した近藤十郎は台湾に渡り、1907年に西門市場の新しい屋内市場を設計しました。敷地が墓地内にあったため、日本政府は 1908年3月7日に通達を出し、遺族は警察に通報するよう命じました。通報がない場合、墓地は無主物とみなされ、頂内埔墓地に移送されることになりました。1908年3月17日から 4月4日にかけて、既設墓地905基と無主墓地2,000基以上が移送されました。新市場はまず「市場八角堂」として知られる八角形の建物から完成し、続いて隣接する十字形の建物が建設されました。建設工法は当時先進的な鉄筋コンクリートグラウト工法と、日本の伝統的な鉄ボルト・ネジ工法が採用されました。1908年10月18日に正式に営業を開始しました。
2005年10月15日、台北市政府広報室は「台北十大特色建築物」の投票結果を発表しました。トップ10に選ばれたのは、台北101、美麗華大観覧車、中正紀念堂、円山大飯店、総統府、国父紀念館、西門紅楼、新光摩天楼、台湾中油本社ビル、台北之家(台北電影院、旧アメリカ大使館邸)でした。
西門紅楼 イメージ(西門紅楼の八角楼)
台北 西門紅楼 地図(Map of Red House Theater, Taipei, Taiwan)
地図サイズ:560ピクセル X 520ピクセル
西門紅楼と最寄の地下鉄駅
- 西門紅楼(Red House Theater)
- MRT 板南線 / 松山新店線:西門駅、西門駅から西門紅楼まで徒歩 1分
西門紅楼 地図(Google Map)
「西門紅楼の写真と説明」を見る

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